4つの心理的問題点が投資に失敗してしまう要因になる
市場で効果的に行動するためには、その行動の指針となる規則と境目が必要です。
大きな損失を被る可能性があるのは、投資をするにおいて当然の真実で、その損失が予想以上に深刻化する可能性も十分にあります。
損失を受ける可能性を低くするためには、特別な規律をもった精神構造を確立し、常に最善を尽くせるように行動する必要があります。
この精神構造は自分自身で準備しなければいけません。
なぜなら、市場は社会と違って、私たちを助けてはくれないからです。
今回は、投資をするにおいて、間違った解釈や、知らず知らずに避けてしまう心理的問題点を考えてみましょう。
その1・一貫した規則を作りたくない心理的問題
私たちの心の構造の大半は、他人が選択したものに基づいた社会教育の結果、もたらされたものです。
つまり、後天的に心の中に組み込まれたものであり、最初から心の中にあるものではないわけです。
心の構造に組み込む段階で、自由な行動、自己表現、自分自身の直接経験を通して存在の本質について学ぶといった自然な衝動の多くが否定されています。
この否定された衝動は、欲求不満、怒り、失望、罪悪感が心の中に現れます。
こうした否定的感情が、心の環境の中で、自由な行動、やりたいときにやりたいことをすることを否定するものに、抵抗感を引き起こすのです。
誰にも支配されない自由な市場に魅了されてしまう
私たちが生きてきた社会の教育によって否定され続けてきた環境が市場にはなく、その自由な環境が私たちを魅了します。
自由な環境の中に、一貫した規則を作ることが絶対的に必要なのですが、生活の大半にある規則から常に自由になりたいと思っているのに、自分から規則を作ろうという気持ちになるのは非常に困難なのです。
慎重な資金管理法を構築し、それを一貫させるトレード規則を確立し、我慢して使い続けるには、抵抗感の根源を断ち切らなくてはなりません。
市場で一貫した規則を作ることは苦痛や失望感を伴うものではない
一貫した規則を作ることが投資家として成功するために必要なことは確かですが、それが苦痛や失望感に繋がるわけではなく、自由な環境であるからこその幻想なのです。
本当に苦痛を感じるのは、その自由な環境にどっぷり浸かって市場に参加していることで感じるのです。
市場から提供される様々な情報(株価下落や悪材料など)に振り回され、一貫した規則を持ち合わせていないからこそ、一喜一憂してしまい、それが苦痛に感じるのです。
一貫した規則を確かなものにする技術を確立し、その構築にできる限り努力を注ぎ、集中することが、本当の苦痛から自分を守り、投資家として成功することを理解しなくてはなりません。
その2・責任感の欠如
市場とは、自由がゆえに全てが自己責任で、その結果に対して責任を受け入れなくてはいけません。
自分の解釈と行動の結果に対しての責任を受け入れる準備ができていない投資家は、完全なる自由が許された市場に参加しながら、同時に自分の選択の結果が思惑と異なり、好ましくない結果となったときの責任をどのように避けるか。このようなジレンマに陥ります。
責任を避けようとする行為は無責任で未確立な自由
一貫性を確立したのであれば、結果が何であれ完全に自分に責任があるという前提から始めなければいけません。
しかし、投資家になる決心をする前に、ここまで強い責任感をはっきりと意識する人はほとんどいません。
責任を避ける方法は、事実上ランダムな売買スタイルを取り入れることです。それは計画性のないトレードをするという意味です。
ランダムとは、無責任で未確立な自由で、明確な計画がなく、無制限に変わるものでトレードするならば、自分の思惑通りになっているトレードを称賛するのは非常に簡単で、そして同時に、思惑通りにならなかったトレードから責任を避けようとするのも非常に簡単です。
責任を転嫁することも非常に簡単で逃げやすい
市場分析と翌日のトレードの準備に何時間もかけておきながら、実際には自分の計画したトレードを仕掛けずに、別のことをしてしまう投資家が多くいます。
そのありがちな理由は、友人からのアイデアやアナリストからの情報などです。
そして、もともと計画しておきながら実行しなかったトレードが、その日に大きな収益を出してしまう、といったことが多いのです。
自分自身の考えで行動し、自分の下した判断にリスクをとる。そうすれば、自分のアイデアがどのように機能したか、すぐにフィードバックできます。
不満足な結果に言い訳しないのは非常に難しく、逆に無計画にランダムにトレードを仕掛け、ひどいアイデアだと友達やアナリストを非難し、責任を転嫁するのは非常に楽で簡単です。
責任から逃れ一番楽な方法でも勝つことがある、しかし勝ち続けることはできない
市場はどのようなトレード方法でも勝つ可能性があります。
自分が偉大なアナリストであろうが、ファンドマネージャーだろうが関係なく、責任を取ってもとらなくても、大勝ちすることがあります。
しかし、それは一貫した収益を上げ続けることはできず、ただ一度や二度大勝ちしたことに歓喜し、それが成功する方法だと勘違いし、損失を出してしまった時は、責任を逃れたり転嫁したりできる楽な方法に逃げようとします。
成功の維持に必要な規律ある方法を確立するのは努力を要します。
その3・ランダムな報酬にのめり込んでしまう
とある猿を使った有名な実験があります。
それは、猿にランダムな報酬を与え、その心理学的効果を分析したものです。
猿にある調教をし、それをするたびに報酬を与え続けた結果、猿はすぐにその努力が特別な褒美と結びついていると分かります。
しかし、今度はその作業をしても褒美を与えるのをやめてしまうと、非常に短期間で猿は全くその作業をしなくなります。
ところが褒美を一貫して与えるのではなく、ランダムなスケジュールで与えた場合、褒美がもらえなくなった猿の反応は全く異なってきました。
褒美を与えるのをやめても、その作業をしても、もう二度と褒美がもらえないとは猿には分かりません。
そして褒美が与えられるたびに、その褒美は猿にとって嬉しい驚きとなり、その結果、猿の頭から仕事をサボる理由がなくなります。
たとえそれをして褒美がもらえなくても、猿はひたすらその作業を続け、場合によっては、永久的に続けるのです。
ランダムな報酬には依存性がある
私たちは猿ではありませんが、動物の本能といった点では共通する部分があると思います。
褒美がランダムだと、いつそれを受け取れるか、はっきり分かりませんが、素晴らしい喜びの感情を期待して、労力と能力を費やすのが苦にならなくなります。
事実、ギャンブル依存症などと同じく、こうしたものにおぼれてしまいやすい人は多くいます。
こうした依存性に潜む問題は、「選択肢がない」状態に置かれている点です。
心理状態を支配している依存症の状態と同じ程度の集中力や努力が、その依存症の目的を果たすために向けられるのです。
いつでも他の必要性を満たす機会があるのに、その可能性は無視して捨て去ってしまい、その依存症を満たす以外の行動には無気力になってしまいます。
ランダムな報酬の依存症は投資家にとって特に面倒な問題です。なぜなら、一貫性を生む精神構造の確立に障害となる理由の一つとなるからです。
その4・心が外部環境に支配される
教育は、私たちが社会環境に適応するようにプログラムされています。
自分の要求、希望、願望を満たせるような思考戦略を習得し、他人に自分の欲求と一致するように行動させることを確かにする多くの社会的支配と操作テクニックを習得しています。
社会環境と市場環境は全く違う世界
市場は、非常に多くの人が参加しており、普段の生活の中である社会環境と同じだと考える人が多くいますが、それは違います。
市場は誰も助けてはくれない、自分の身は自分で守らなければいけない環境で、普段の社会環境のように、友達がいたり転んだりして手を差し伸べてくれる人などいません。
ましてや、保険や保証などがあるわけもなく、失敗しようが成功しようが誰も私たちのことなど気にもかけていません。
自分自身の心を自分自身で支配することが大切
社会環境で成功している人が、市場では悲惨な結果に終わってしまっている大きな理由の一つとして、まさにその成功が、自分の欲求に適応させるために社会環境を操作・支配する能力に長かけていたからだと考えられます。
私たちは皆、ある程度、外部環境を自分の内部環境に合わせようとする術を習得したり開発したりしています。
しかし、問題なのは、こうした技術に市場で通用するものはない点です。
市場は支配や操作に応じないのです。
しかし、私たちは市場の情報の理解や解釈を支配できるだけでなく、自分の行動を支配できます。
自分の思惑通りに展開させようと外部環境を支配する代わりに、自分自身の心を支配する方法を習得できます。
そして、最も客観的な将来の可能性から情報を理解できます。
さらに、常に自分に最適な資金管理法に則った行動をとるために、自分の精神環境を確立できます。
まとめ
- その1・一貫した規則を作りたくない心理的問題
誰にも支配されない自由な市場に魅了されてしまう
市場で一貫した規則を作ることは苦痛や失望感を伴うものではない - その2・責任感の欠如
責任を避けようとする行為は無責任で未確立な自由
責任を転嫁することも非常に簡単で逃げやすい
責任から逃れ一番楽な方法でも勝つことがある、しかし勝ち続けることはできない - その3・ランダムな報酬にのめり込んでしまう
ランダムな報酬には依存性がある - その4・心が外部環境に支配される
社会環境と市場環境は全く違う世界
自分自身の心を自分自身で支配することが大切