ビル・アックマンから学ぶ投資の心得『揺るがない株主原理主義の信念』

ビル・アックマンから学ぶ投資の心得『揺るがない株主原理主義の信念』

ハーバード大学を卒業し、20代の若さでパーシング・スクエア・キャピタルを立ち上げた。

経営革命を要求する「物言う株主」

日用品大手プロクター・アンド・ギャンブルに投資した際はCEO交代で圧力をかけた。

絶対的な姿勢を辞さず、投資先企業の経営者と衝突することも多い。

株主こそ企業のオーナーだという株主原理主義の信念

前回の記事ではビル・アックマンは企業にとっては怖い存在と述べましたが、そのようになったのは、「株主は企業のオーナーであるべきだ」という信念があるからです。

世界の中心とした運用は自らの判断で銘柄を選び、市場の平均以上のパフォーマンスを目指す「アクティブ運用」。

そして代わって登場したのが、全体の株価指数に連動して運用成績を目指す「パッシブ運用」。

これによって年金基金から個人投資家まで様々な人が市場の平均並みに運用を目指すようになりました。

ところが、ビル・アックマンにとってはパッシブ運用ではダメなのです。

 

パッシブ運用では企業が自分勝手に経営してしまう

パッシブ運用の投資家達が多くなると投資判断が入り込む余地がないからです。

投資家は受け身になるだけで、フリーライダーと言われるからです。

もしパッシブ運用をする人がどんどん増え続けると、企業が自分勝手に経営する時代になるかもしれないからです。

 

100年前の資本主義とは大きく変わってしまった現代

ビル・アックマンは、「100年前の資本主義とは全く違う。」と力説します。

100年前は、巨大な資本力を武器に大口投資家が企業の経営に口を出し、経営が上手くいかなければトップを解雇し、有能な人材をトップにしてきました。

大口投資家が企業を支配し、絶大な影響力を持っていたのです。

それが時代の流れとともに、誰でも株式に投資できる時代になりました。

株式の分散化が進み、パワーバランスが変わり、1960年代頃には経営者の時代が来ました。

例として1960年代に創業した名経営者のサム・ウォルトンです。

自分で経営の未来を描き会社を大きくしようとしました。

その頃は経営と所有が明確に区別されていませんでした。

 

現代の経営者の時代と1960年代の経営者の時代とは違う

1960年代の経営者は企業の創業者であることが多かった時代でしたが、現代の企業の経営者に創業者は少ないのです。

有名なアップルでさえ、創業者スティーブ・ジョブズが亡くなった後は、IBM出身のティム・クックが引き継いでいます。

そうした時代ではどう振る舞うべきなのか。

 

100年前のように株主も企業のオーナーとして行動するべき時代

2013年の講演会でアックマンは「昔の株主は投資先の企業の10%くらいの株式を持っていた。経営に関与することは間違いではない。」と語りました。

ただ受け身になるのではなく、将来を見据えてその実現に向けて主体的に関わるべきではないのかと、ビル・アックマンは考えます。

それは、アックマンが100年前の資本主義を蘇らせようとしているのかもしれません。

そんな理想があるからこそ、ビル・アックマンの行動が一切ブレないのだと思います。

アクティビスト(物言う株主)は会社のオーナーとして株主の姿を体現するものだと言います。

グリーンメーラーと批判する人もいるが、それは間違いで全ての株主のために行動していることだと思います。

ビル・アックマンは周囲にどれだけ批判されようが信念に従い自分が正しいと思っているので、全くと言っていいほど動揺をしません。

ファンド業界を見渡してもビル・アックマンのようなヒロイズムの要素が強い人はいないと思います。

 

大学を卒業と同時に投資家として生きていくことを決心

ビル・アックマンの生まれはニューヨーク州のチャパクアで何不自由もない家庭で育ちました。

父は不動産業を営んでおり生活が豊かでしたので、ビル・アックマンは「幼少の頃から自信家で、何をやっても成功できると確信があった」と言います。

大学は名門のハーバード大学に行き、成績も優秀でした。その後は父の手伝いで不動産に進みましたが、手数料をもらって稼ぐビジネスに関心が持てなっかたのです。

 

レオナルド・マークスとの出会いが運命を変えた

自分が主役になれる仕事がしたく、偶然バリュー投資と出会いました。

それが両親が開いたカクテルパーティーでビル・アックマンは、投資で成功しているレオナルド・マークスに出会いました。

レオナルド・マークスの勧めでバリュー投資の「賢明なる投資家」を読みましたが、十分理解ができませんでした。

ですが、投資の世界は奥が深く、成功すれば大きく得られることは理解してました。

 

その後ハーバード・ビジネススクールへ進学し投資家としての道を開く

そしてハーバード・ビジネススクールに進学し、投資の本を読みあさり知識をつけ、授業では会計とファイナンスを学びました。

アックマンは学ぶだけでは不十分だと思い、資産運用に強いフィデリティに講座を開き、投資を始めました。

初めて買った銘柄の中に百貨店大手のアレキサンダーズがあり、1992年に1株8ドル強の株を2000株(1万6000ドル)買いました。

 

一時は失敗かと思った投資は見事成功するが一つの教訓を得た

一時株価は暴落し、失敗かと思った投資だったのですが、同社に優良な不動産を持っていたので資産価値が物を言い、REITの運営会社として再生しました。

その後、百貨店大手のアレキサンダーズの株価が21ドルまで達した時に売って一定の利益を得ました。

しかし、利益を確定した後、株価は400ドルまではね上がってしまったのです。

ビル・アックマンは、目先の利益に目がくらんであまりに早く売ってしまうと、その後のチャンスを取り逃がしてしまうという教訓を忘れませんでした。

 

大学を卒業後ファンドを設立

大学を卒業したと同時に投資家として生きていくことを決意しました。それは本はどこでも手に入り、基盤は大学時代に全てやり終えたと自負しているからです。

ですが父は反対しましたが、ビル・アックマンは耳を貸しませんでした。

企業精神が強く、成功するという自信もあり、投資は実務を学ぶのにかかる時間が違います。

さらにはビル・アックマンは、「100ドルさえあれば講座を開いて自ら投資を経験できる」と語ります。

1995年にハーバード大学の同級生と共にファンドを設立し、大学時代の恩師に出資してもらい、300万ドルの運用資産ではじめました。

 

JCペニーの事業改革での失敗で多額の損失と信用を失う

しかし、すべてが自ら描いた事業の改善策が成功するわけではありません。

ビル・アックマンにも失敗した投資があります。

それは1902年に創業した百貨店のJCペニーです。

 

ロン・ジョンソンを招き低価格帯での戦略で失敗する

ビル・アックマンは業績が低迷しているJCペニーの筆頭株主になると、やり方を根底から変えるべきだと思い、2011年に改善させる起爆剤として小売業界の有名人ロン・ジョンソンを招きました。

ロン・ジョンソンはアップルの小売店事業の責任者として有名であり、直販店アップルストアの生みの親です。

そしてロン・ジョンソンは、「JCペニーの未来に絶大な自信を持てる」と豪語し、次々と改革に踏み込みました。

店のレイアウトを大幅変え、イメージを変えるために新たなロゴjcpを採用しました。

大きく変わったのはチラシなどの廃止です。

ロン・ジョンソンは、消費者は常に安い価格を望んでいると考え、エブリデー・ロー・プライスを掲げた売り方にしました。

ですが、これらは失敗しました。

なぜかというと、大衆百貨店では低価格に敏感な消費者が多く、エブリデー・ロー・プライスにより商品の値ごろ感を意識できなくなってしまったからです。

みるみるうちに落ち込んでいき、2012年度の売上高は前年から25%減の約130億ドルと急減しました。

ロン・ジョンソンの改革が成功するどころかJCペニーを追い込んでいきました。

そしてついに、JCペニーの取締役会で2013年4月にロン・ジョンソンの辞任を発表しました。

ビル・アックマンは、こう振り返って語りました。

  • 「ロン・ジョンソンを信じていたが、改革を急ぎすぎた。ミスはいくつもあったが、その最大のものは、価格戦略だった。」
  • 「消費者は定価百ドルの商品を50%オフの特売で買うことを好むが、エブリデー・ロー・プライスにすることで、いつでも四十ドルで買えることよりも特売品を50ドルで買う方を選ぶ傾向がある。」
  • 「それをロン・ジョンソンは読みきれなかった」

 

経営改革に一度失敗したビル・アックマンは追い込まれ多額の損失と信頼を失う

株価は落ち込み、JCペニー株の約18%を保有していたビル・アックマンは巨額の損失を抱えました。

そしてビル・アックマンとJCペニーとの関係は修復できないほど悪化しました。

後任はジョンソンの前にCEOを務めていたマイロン・ウルマンが返り咲きました。

ですが、ビル・アックマンは反対しました。なぜならJCペニーを経営不振にしたのはマイロン・ウルマン本人だからです。

他に後人を探すべきだと主張しましたが、猛反発を受けました。

ビル・アックマンはJCペニーに致命的な痛手を負わせたのにもかかわらず、反省をしないままのマイロン・ウルマンでは納得できないと主張します。

さらには、JCペニーの経営陣への不満を外部に漏らしました。

JCペニーの内紛が世間に知れ渡り、評判は落ち込んでいきました。これによりさらにビル・アックマンとJCペニーとの関係に溝ができました。

ついに2013年8月に、ビル・アックマンは持ち株を全部処分することを決め、取締役を辞任したと発表しました。

最終的な損失は、3億5000万ドル〜5億ドルと伝えられています。

ビル・アックマンとJCペニーとの出来事のなか、マイロン・ウルマンと親しい仲のスターバックスのハワード・シュルツCEOは「ウルマンは会社を救おうとあらゆる努力をしたが、アックマンは外部にリークした。あらゆる策が、JCペニーに深刻なダメージ与えてきたアックマンは、企業の破壊者だ」と強い口調で非難しました。

株主の論理を一方的に押し付けるビル・アックマンのやり方に怒りを表しました。

お互いの価値観の違いでビル・アックマンはもっと株主が本来の力を行使すべきだと考え、ハワード・シュルツは株主の横暴は時に企業価値を破壊させると警戒します。

今回のことでファンド業界を代表する2人の考えは埋めようのない溝があります。

ビル・アックマンはいつも正しいわけではなく、JCペニーの投資案件ではビル・アックマンの強い信念と妥協を許さない態度が経営陣に悪い影響を与えたのかもしれないのです。

 

まとめ

  • 株主こそ企業のオーナーだという株主原理主義の信念
    パッシブ運用では企業が自分勝手に経営してしまう
    100年前の資本主義とは大きく変わってしまった現代
    100年前のように株主も企業のオーナーとして行動するべき時代
  • 大学を卒業と同時に投資家として生きていくことを決心
    レオナルド・マークスとの出会いが運命を変えた
    大学を卒業後ファンドを設立
  • JCペニーの事業改革での失敗で多額の損失と信用を失う
    ロン・ジョンソンを招き低価格帯での戦略で失敗する
    経営改革に一度失敗したビル・アックマンは追い込まれ多額の損失と信頼を失う

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